Vol.028 マゼラーティの魅力

maserati_Logo.jpg稀代の名門

マゼラーティ? マセラティ? それともマセラッティ?
長きにわたり議論が続けられる同社の発音問題。
正しくはもちろんマゼラーティ。少なくともオーナーの方は間違えないでほしい。
英語ではとか、そういう話はさておき、イタリアじゃマゼラーティだ。
日本での表記の統一がなされなかった理由は、結構根深く諸説プンプンなのでここでは触れないことにする。

 

 

マゼラーティはアルファロメオやランチアと並ぶイタリアの老舗にして、国際レースでの活躍も目覚ましい、名実ともに格調高きブランドの筆頭格だ。その証拠にミッレミリアなど欧州のクラシックカーレースにおいては常に花型である。

 

 

対して日本では、その名が一般化したのが70年代のスーパーカーブームの時のせいか、本来の格調高い歴史よりも最高速度やアヴァンギャルドなスタイリングが脚光を浴びた時代だったのも災いして、少々地味なメーカーという印象が特定の世代に染み付いてしまっているのも事実だろう。真偽の程はさておき、「最高時速300km/h」などといった景気のいいスペックがさまざまな雑誌やメディアを賑わせ、子どもたちのハートを鷲掴みにしたランボルギーニやフェラーリと違い、正直に実現可能な280km/hの最高速をうたったボーラが二番手、三番手という感じを植え付けてしまった…。今見るとジウジアーロのウエッジシェイプは実にクールなのだが…。

 

 

 

 

 

maserati-biturboその後訪れた80年代のバブル時代では、ブランドの起死回生を図るBITURBO(ビトゥルボと発音)シリーズが登場し、おしゃれピープル&ジゴロの切札カーとして人気を博す。しかし、その豪華な内装で女性にモテるといったメリット以上に、想像を絶するトラブルが「標準装備」であることの方が有名になるという皮肉な結果になってしまった。

イタリアにおけるマゼラーティは、違いのわかる大人の男が選ぶ「渋い」選択。
1954年から4連覇を果たしたかの偉大なるF1ドライバー、ファン・マヌエル・ファンジオが二度に渡りワールドチャンピオンを獲得したという輝かしい実績もあってか、50年代のF1黄金期を知る人達には、忘れられない名門なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

1961-Pinin-Farina-Maserati-5000-GT-Gianni-Agnelli-Interior-02語弊はあるかもしれないが、アルファロメオほどチャラくなく、ランチアほど地味ではないとでも言おうか…。1961年にはFIAT総帥にして稀代の洒落者ジャンニ・アニェッリ氏も5000GTのキーを手にしている。(ちなみに5000GTはギアやピニンファリーナ、アレマーノなど様々なコーチビルダーによって作られたが、総生産台数34台というまさに特別誂えだった。)

 

 

 

 

 
これからの自動車の行く末は大きくふた手にわかれるだろう。
一つは自動操縦や電化などによる公共交通手段化、もう一方は単なる移動手段ではなく趣味性の高い乗り物としての需要に分かれていくだろう。
マゼラーティは間違いなく後者であり、このブランドのステイタスは得難い存在であり、「生き残る価値のある」名門ブランドの一つであることは間違いない。

 

それではまた近々

 

 

 

A prestissimo!!