Vol.029 模倣って…。

dodgeCoronet1968真似てナンボということもある

模倣【もほう】

  1. [名](スル)他のものをまねること。似せること。

つい最近このコーナーでも取り上げたところだったが、結果としては日本中が大騒ぎするところまで発展し、最後は御存知の通り、やむなくエンブレム取り下げという「お恥ずかしい話」で決着がついた。

今回はその件というより、「日本のものづくり」について考えてみた。

もちろん私は学者でもないので、そんなに偉そうなことを語る資格もないのだが、基本どの文化も何かしらの模倣によって成熟、成長、発展を繰り返しているということくらいは、ここで言っても怒られないと思う。

いろんな意味で影響をうけることは正しいことだし、その模倣という行為が先達へのリスペクトによって生まれているのであれば、むしろ歓迎されてしかるべきだと歴史も証明してくれている。

日本のものづくりの筆頭にあげられるクルマという世界でも、もちろんその模倣という行為はアタリマエに行われている。その歴史をいちいち紐解いていては、諸先輩たちからのツッコミであっという間に炎上してしまうので、かいつまんで話をしたい。

 
fronte今になって韓国ヒュンダイやデーウー、KIAなど日本車の真似だということを声高に言う人達がいるが、私にはとても恥ずかしくてそんなことは言えない。

 

 

 

 

 

 

 

 
いいものを作れば、多くの人達が愛し、それを模倣するものが出てくる。それはものづくりの立場からは非常に好ましいことだと思う。だからイタリア人は真似られても、よほどモラルに欠くことがないかぎりあまり騒ぎ立てない。
真似た結果、あまりにもその出自がバレバレなものに関しては、「ああ、こいつ下手だなあ」と思っているようだ。

 

 

 

 

 

 

Silvia日本の名車といわれるクルマたちの多くが◎◎や▲▲のオマージュだったりするわけで、できれば作った人たちに、声高にオリジナルを発表した上で、これが自分たちの応えだ! と正直に言えばよかったのにと思うことしきりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

外装のスタイリングだけならまだしも、国産の名エンジンといわれた6気筒も、実は模倣元のドイツのとあるメーカーのSST(特殊工具)がそのまま使えるという事実があったりするなど、実のところはかなり黒に近いグレーなものがかつての日本には横行していた。もちろん自動車だけじゃない、カメラやリールなど機械の類はかなり似たような話であふれている。

 

 

 

 

 

 

 

http://www.autogaleria.hu -今回の五輪エンブレム問題。完全にデザイナー(厳密にはアートディレクターだろう)が血祭りにあげられてしまった形で終わったが、本質は模倣の善し悪しにあるのではなく、どういう影響を受けたかを正しく伝えて、その上で自分のアイディアはこうだ!と事前に言うことがこれからの世の中を生きていく上で、本当に必要なことではないだろうか。コピペはイカンが、模倣はありだろ?
そう強く思った次第。

 

 

 

 

 

それではまた近々

A prestissimo!!